「生きがいが開花する介護」。
これは、千葉県のデイサービス施設を運営する
「株式会社木の恵(このえ)」の理念です。
今回は、代表の山下優奈(ゆうな)さんに、
理念である「生きがいが開花する介護」誕生のきっかけや、
“木の恵”の今後の展望についてお話を伺ってきました。
”生きている実感”から生まれた理念
――”木の恵”で「生きがいが開花する介護」が
理念となったきっかけについて教えてください。
「生きがいが開花する介護」とは、
利用者さま一人ひとりと第二の家族のような関係性を築き、
利用者さま、スタッフともに
”木の恵”という空間を一緒に創り上げるなかで、
今まで感じたことのない幸せや
新しい経験を通じて
”生きている実感”を感じていただく介護。
それによって
今までの
暗くて辛い過去の記憶さえも
光のような明るいものへと
書き換わるような介護のことを言います。
そして、
この理念が少しでも広く、深く浸透するよう、
食事や水、空間にこだわったり、
一人ひとりの興味関心に応じて
異なる活動を行ったりするなど、
他の介護施設ではあまり見られない取組みをしています。
”木の恵”はもともと母が立ち上げたものです。
母が急逝したことでわたしが引き継ぎました。
母が想い描いていた”木の恵”の理想は、
「元気になる介護」というイメージでした。
母の介護に対する姿勢として
印象に残っていることがあります。
それは、
「お客様に喜んでもらえているからいいや」
と上辺だけの介護サービスで終わらせるのではなく、
本当にその方が望まれていることは何なのか、
常に考えていたことです。
例えば、利用者さまが介護施設に入所する際に、
アセスメント…
利用者さまの状態を把握するための
チェック表を作ります。
通常ですと、デイサービスに通うために必要な
身体の状態や健康状態、
食事や排泄、ADL(日常生活動作)の状況などを
聞き取りする程度かと思います。
ですが、母はそれ以外にも、
利用者さまがどんな価値観を大切にしているのか、
人との関わり方をどのように捉えているのか、
これからどんな人生にしていきたいのか、など、
会話のなかで利用者さまのことをより深く把握し、
そこから一人ひとりに寄り添った介護を行っていました。
そのような母の想いを受け継ぎ、
バージョンアップさせたものが
「生きがいが開花する介護」です。
――お母さまの想いを引き継いだのがきっかけだったのですね。
「生きがいが開花する介護」について、もう少し詳しく教えていただけますか?
はい。
「介護」と聞くと、どうしても
「介護をする側」「される側」
という視点が出来てしまいますよね。
人は年齢を重ねることで
身体機能や認知機能は衰えていきます。
それは当たり前のこと。
ですが、
自分自身の衰えを目の当たりにすると、
「もうどうせ人生終わりだから」と
物事をネガティブに捉えてしまいがちです。
利用者さまを「介護される側」として
接してしまうと、
利用者さまが自立する機会を奪ってしまい
自らの衰えを、より鮮明に意識することにもなるのです。
そのことによって、利用者さまに
「誰かに迷惑をかけながら生きている」
という思いを植え付けてしまいます。
「介護される側」として受け身で居つづけることで、
一人の人間としての感性・・・
全身で生きている感覚を自ら味わうことも、
いつしか薄れていってしまうのではないでしょうか。
また、スタッフ側としても、
「介護」というサービスを提供する、
自分たちは与える側だという意識から、
利用者さまとの境界、
隔たりのようなものができてしまうのではと感じています。
”木の恵”では母の代から、
「介護する側・される側」という意識をなるべく無くし、
人と人として関わるよう心がけていました。
利用者さまを見守る・・・強い言葉で言うなら、
自立を促すために、
いい意味で、利用者さまとして見ないということを行ってきました。
私の代では、
そこからさらに「壁」を感じさせない状態を目指して、
家族のように関わることを心がけています。
人が本当に幸せを感じる瞬間とは、
ただ単に
「自分が楽しい」
「自分がお世話してもらえた」
ではなく、
自らが誰かの役に立てたときや、
人のために何かができたときだと考えています。
それには物事の大きさは関係ありません。
本当の家族のように、純粋な心で誰かに貢献した瞬間に、
人は心の底から幸せを感じるのではないでしょうか。
そして、貢献したことによって
「生きている実感」を得られるのではと考えます。
コミュニケーションの循環から記憶が書き変わり、”誇りある時間”が新たに刻まれていく
――具体的な取組み内容について、教えていただけますか?
利用者さまも
デイサービスの掃除や、利用者さまにご提供する食事の料理を
スタッフと一緒に作ってくださっています。
現在では、”木の恵”内で「同好会」活動を行っています。
これも、
「麻雀、囲碁、卓球などの趣味活動を
『同好会』にしてやってみればいいのでは?」
という利用者さまからのご提案から始まったものです。
スタッフが仕切るのではなく、
利用者さまに同好会のリーダーに立候補していただき、
利用者さま皆さんが見てわかるように
店舗の壁に貼り出しました。
それを見た別の利用者さまが、
「今まで興味がなかったけれどやってみようかな」と、
同好会をきっかけに、
今までの人生の選択肢になかった興味関心が
新たに引き出されるようになりました。
同好会はリーダーが中心となって、
利用者さま全員で協力しながら活動しています。
スタッフもサポートに入らせていただいています。
もともと利用者さま同士の仲は良かったですが、
同好会活動をきっかけに、
利用者さま同士の交流がより深まっていると感じます。
デイサービスに来たばかりの方のなかには、
「今までの人生はつまらなかった」
「物足りなかった」
と思われている方もいます。
一番輝いていた若い頃の出来事だけを
繰り返し話す方もいます。
そのような方も、
他の利用者さまやスタッフと一緒に
”木の恵”という場を創り、
他の利用者さまと
コミュニケーションの循環を起こすうちに
「自分でも誰かの役に立てる」
「みんなを喜ばせることができる」
と、”生きている実感”を再発見することができます。
そして、
誰かに貢献することを心から喜べるようになるなかで、
「あの時は確かに辛かった。
でも、もしあの辛かったことがなければ
この人生を歩むこともなかったし、
そしたら
”木の恵”と出逢うこともなかった」
と、つまらないと思っていたご自身の人生すらも、
利用者さまにとって
かけがえのないものへと変わっていくのを実感しています。
デイサービスに通うことで人生の見方が変わった利用者さまが、
まるで青春を取り戻したかのように、
子どものような生き生きとした目に変わる姿を
何度も見てきました。
「余生を過ごすだけだと思っていたのに、
まだ知らない幸せがこんなにもあったなんて」
と、目を輝かせて話す利用者さまが、
今まで何名もいらっしゃいました。
その方々は、おそらく、人生の終焉の瞬間まで生きがいを感じ、
青春の記憶を呼び覚まし、新たな使命を見つけ、
誇りある時間を新たに刻んでいかれたのだと想っています。
――なにか特徴的なエピソードはありますか?
はい。
数年前にデイサービスを利用された方のエピソードなのですが…
ある利用者さまを車でご自宅まで送り届けた際、
後部座席に座っていたその方が、突然、
「スタッフの皆さんやお仲間の皆さんが
家族のように親身になってくれるし
デイサービスに来たことで、
私の人生、
こんな幸せがまだあったんだ!
と思ったの!
なんてあたたかい場所なの?」
と、泣きながら言ってくれました。
「私の人生、こんなもんだ」と諦めていたところ、
デイサービスに来たことで、
スタッフや他の利用者さまと
心のこもった交流を持つことができ、
自分の人生にはこんなにもあたたかい世界があったんだ!
こんな幸せがあったんだ!
と、思わず泣いてしまうほど、感動されていたのです。
突然の出来事に驚きつつも、
利用者さまにそのように感じていただけていることに、
とてもあたたかく、ありがたい気持ちになりました。
詳しくお話を伺う前にご自宅に着いてしまったので
想像することしかできないのですが、
恐らくあの瞬間、
利用者さまは、
過去の辛かった経験を許すことができ、
「これまでの人生すべてよかったな」
「幸せだったな」
と心から思えたのではないでしょうか。
”木の恵”に通われるなかで
他の利用者さまやスタッフとの交流のなかから
今まで感じたことのない
幸せや生きがいを感じることができ、
暗くて辛い過去の記憶が
光のように明るく幸せな記憶へと
書き変わったのではないでしょうか。
どうしてあのとき、
自宅へ送迎する車の中で、
利用者さまが突然、泣きながら
「ありがとう」
と伝えてくれたのか・・・
残念ながら
その理由を確かめるすべはありません。
その利用者さまは、
「ありがとう」と伝えてくれた日の数日後に、
突然、亡くなられてしまったからです。
ご家族さまからは
「最期はとても幸せそうな顔だった」
と伺うことができました。
亡くなられてしまったのはとても残念ですが、
その方に寄り添い、
「生きがいが開花する介護」を通じて
今まで感じたことのない幸せや
感謝を受け取る経験とともに
”生きている実感”を少しでもお届けできたのは
とても良かったと思っています。
人は亡くなる直前に
これまでの人生の記憶がよみがえり、
夢のようなものを見ると言われています。
いわゆる「走馬灯」と呼ばれるものです。
あの利用者さまが人生の終焉を迎える際、
暗くて辛い過去の記憶が
温かみのある光に包まれたものに書き変わって
脳裏に浮かんだのだとしたら、
明るい記憶とともに
旅立つことができたのならば、
”木の恵”の代表として
これほど喜ばしいことはありません。
あの日の、
「なんてあたたかいの?」
と、心の声を打ち明けてくださった
利用者さまの姿や声が
今も鮮明にわたしの記憶に焼き付いています。
そして、その姿を思い出すたびに、
”木の恵”に来たすべての方に、
あの利用者さまのように
幸せやあたたかさを感じていただきながら
デイサービスでの時間を過ごしていただきたい、と、
「生きがいが開花する介護」への想いを新たにしています。
後編に続く
「生きがいが開花する介護」を通じて目の前の人に”誇りある時間”をお届けしたい~「株式会社木の恵」山下優奈代表インタビュー(後編)